本書は1982年に発見された「極秘明治三十七年海戦史」をもとに司馬遼太郎の「坂の上の雲」に代表される日本海海戦のイメージを実証史学の立場から検証してゆくものである。主な論点は二つである。
まずバルチック艦隊を対馬海峡で的確に迎撃できた背景について。従来、これを東郷の深慮遠謀によると考えられてきた。しかし、それは間違いである。根拠は次のような点である。日本海海戦の直前には、連合艦隊は明らかに津軽海峡方面へ北上しようとしていた節があるということ。そして北上論は主に秋山真之によるものであったのではないか、ということ。そのために会議が催されていたこと。さらに大本営と意志疎通の不徹底があったということなどである。
第二点は、いわゆる「丁字形」戦法の立案について。こちらは従来東郷が突発的におもいつき、敵前回頭に及んだものとされてきたが、実はすでに戦前に東郷が立案し、大本営に提出されていたものである、ということである。それに従い、日露の数ある海戦で何度も丁字形戦法の実験が行われていたのであった。
著者は、これらは東郷神格化の過程で失われていった真実であり、のちの「艦隊派」帝国海軍の姿の遠因がある、と論ずる。良書である。