精神病院に監禁された老いたサド侯。そこで一つの審問が持ち上がる。すなわち侯を治癒可能な精神病者とするか、不可能な犯罪人として収監するか。理事長は前者の立場に立ってトラウマによる患者であると説明しようとし、院長は後者の立場をとる。その審問でサド侯を巡る事件を一つ一つ事実確認、審議するという手順で描き出した小説である。
心に残る言葉。理事長はサドは神を否定し、反発しなければならないような境遇におかれた、と解釈した。その解釈を裏付けるためパリの精神科の権威をたずねている。最後に「全力を尽くしたまえ、後は、神の領分だ」といわれて、驚いている。なぜなら神を否定することは信じることの反対であり、どちらにしろ「神」とは彼にとっては相対化される軸であった。そこに尊敬する名医に「神」という言葉が持ち出されたからである。なぜかと問う彼に、老医は応える。「神さえも創造しえた人間の、愛と生命の力を信じている」と。