岩波書店から大塚和夫・小杉泰・小松久雄・東長靖・羽田正・山内昌之編集『岩波イスラーム辞典』が刊行された。平凡社『イスラム事典』から20年。現在、イスラーム研究の最先端を走る諸氏の編集になるもので、さっそく手にいれた。以下、一読してみての感想。
- ウリの一つであるが、たしかに近現代に強い。現代の組織・政党、人名はかなり綿密にあげてある。特に現代政治は「イスラム事典」では刊行年から当然湾岸戦争さえも含まれないわけで、我々はこの分野にかかわる事典をはじめて手にしたといってよい。
- 概念的な項目が非常に充実している。思想史や法学・モラルエコノミーの関連項目は、現代とのつながりも説明しており、「イスラム事典」と比べても大変詳しい。
- 非アラブ圏への目の配り方が細やかである。特に中央アジアは非常に充実している。非イスラーム世界におけるムスリムについての記事がある。
- 意外に建築史・美術史、特に陶器とモスク建築に関して詳しい。
- 表記・転写法が比較的厳密である。
- 前近代の歴史的な事件についての項目は、かなり端折ってある感じがする。
- 各記事末尾の参照項目や索引については不備が目立つ。関連項目でも違う執筆者の場合、参照が設定されていないことがあるし、巻末索引は項目一覧にすこし足したもの、という感じである。よって「読む」にはあまり向いていない。
- 高い。需要を考えればこの程度かもしれないが、おなじ岩波の「現代中国事典」が1457ページで6600円であることを考えると、1257ページで7500円は少々考えものである。装丁はきれいだが。
総じて、もっておいて損はない辞典という感じである。ただし短所もないわけではないとおもうので「イスラム事典」と併せて参照(特に歴史の分野での工具としての使い勝手からいえば、少々ものたりない)というスタイルが推奨される。
「イスラム事典」がイスラーム史の事典としての面が顕著であったとすれば、「岩波イスラーム辞典」は地域研究としての側面が強いといってよいだろう。と書いた端からメールが来て、平凡社「イスラム事典」の全面増補改訂版「新イスラム事典」が3月11日に発売とのこと。