『イスラム聖者』は確かにまともな本なのだが、いまいちおもしろくない。これは私がそもそもあまり興味がないということもある。私市さんの聖者へのアプローチは、人類学的手法というよりは、あくまで歴史学的手法をとっており、聖者伝などに依拠する。しかし、聖者伝史料自体が、マグリブそれもモロッコなどの西部に分布が偏っており、そこに現れる聖者像がどこまで一般化出来るか疑問もある。本書ではあくまで時代的・地域的対象を絞っていることをきちんと記述してはあるのだが、読み物としてはおもしろくなくしているとは言えるだろう。これはマグリブ関係の書物一般に言えるのだが、社会誌や人類学研究と政治史の関わりがいまいち見えてこないことが多い。政治的変動と社会構造の観察はヤヌスの両面をなすとおもうのだが。
なお、そもそも「聖者」というのがアラビア語の一般名詞として考えるべきではない、というのは注意を要する。地域ごとに「聖者」の呼ばれ方はことなっており、その性格も異なる。したがって「聖者」とはキリスト教における聖者とは全く異なり、テクニカル・タームなのである。