『美少女たちのジハード』

なんとなく雑誌コーナーを見ていたら竹書房から『美少女たちのジハード』なるものが出て結構あまっていた(12月発刊)。まずいだろ、とおもって見てみた ら、解説文は意外とまともだし、イスラーム建築の写真もなかなか美しい。しかしそうすると逆にグラビアページはほとんど邪魔。はっきりいってまとまってい ない。だいたいウィグル族とかイスラーム世界の周縁部の女の子がほとんど。その意味からいえばやはりムスリマが写真に写りたがるという解釈はしてはいけな いし、わかってジハードという言葉を使ったとは思えない。

Mozillaの危険なインストーラ

16日の2月はじめのインストーラ付のmozilla Nightlyは¥document and Settings¥all users¥以下に怪しげなディレクトリを作る(bugzilla:Bug 125958 – Installer creates invalid directories bugzilla-jp:Bug 1906 – インストーラーでデスクトップやスタートメニューのショートカットが作成されない)。これはインストーラを使わずzip版でも同様。削除もできず最悪パーティションの再フォーマットが必要できわめて危険なので最近のnightlyは使わないほうがよい。

左官礼賛

  • 『左官礼賛』に登場する榎本さんとおしゃべり。今度青松寺でかなり大きい壁を塗るという。しかも琉球藍を土に混合した艶アリの青い壁だという。前 代未聞。想像もつかない。とおもっていたら、自宅から持ってきていただけた。非常に不思議な色合いで、艶があるのでどうみてもタイルを焼いたように見える のだが、塗りこめただけだという。証拠に水を吸った。技術はどこまでも可能性があるのである。
  • 素直に驚きの感情を表せるのはよいことである。そもそも驚くということ自体が好ましい。目の前で見た事実を慫慂として受け入れ説明を求める感情に自らは満足がいかない。

アフガン航空相殺害事件

  • 例の航空相殺害事件CNN.com – Officials: Afghan minister assassinated – February 15, 2002によるとハーッジによるものではなくて、高官関与の暗殺事件の可能性アリとか。これはほとんど戦国ですな……。
  • ちなみになぜCNNなのかというと、Sidebarからの使い勝手がよいためです(CNN.com Expanded Barインストール)。それからmozillaでは私が贔屓にしていたInternational Herald Tribuneが一時期見られなくてなんとなく乗り換えたということがあるためです。
  • とおもったらやっぱりだめですね。International Herald Tribune。Cookie関連が邪魔してる感じですが……。

CNN.com – Afghan minister killed as pilgrims storm plane – February 14, 2002

My Works/ContextMenu-Extensions for NS6 & Moz – outsider reflex

My Works/ContextMenu-Extensions for NS6 & Moz – outsider reflex。二週間弱の沈黙を経て、出ました。piroさん、お疲れ様です。先方の掲示板でいろいろと要望を述べましたが、ほとんど解決されています。やっぱりこれなしじゃやっていけません。

おたく度チェック

おたく度チェック

やってみる。

あなたの総合おたくパワーは365パワー です!

詳細は次の通りになっています。

そういわれても……どういう分布になるのかよくわかんないので、パス。

あなたのマニア度は58パワー 。普通のマニア度です。

あなたは知らず知らずのうちに何かのマニアになってしまうかもしれません。

しかし、人間何かに関心を持つのは非常に良い事。

この程度のマニア度は丁度良いのかも。

うーん。すでにとかのマニアに充分なっている気もするんですが……。

あなたの危険度は39パワー 。低い危険度です。

人生にはスリルも大事。少し危険なくらいがいいのかも。

真面目過ぎるとかえってキケンだったりするのかもしれません。

反動っていうのは恐ろしいものですからね。お気を付けを。

すでにスリルを通り越してますね。反動がくるのか、これから。

あなたの萌え度は58パワー 。普通に萌えています。

おそらく「好き」と「萌え」の区別はイマイチわかっていないでしょうが、もう少しでわかることでしょう。精進してください。

いいです。そんなもんわかんなくて……。洗濯板であるがゆえに好きということはありません。

あなたのさわやか度は94パワー です。なかなか高い数値ですね。

この数値が高いのはいいことです。なぜなら、あなたのさわやかさや人徳は例えあなたがオタクだったとしても、それを包み込んでしまうでしょう。オタクじゃない人にも好かれるオタク。それがあなたです。

知ってる人は100%嘘というでしょう。はい。私は何も言いません。

あなたの迷惑度は12パワー 。これは低いですね。

あなたは今の所、世間に迷惑をかけるような事はしていませんが他人がどのような事を迷惑だと思うかわかっていません。

下手をするとワイドショーや新聞に取り上げられる程の犯罪をおかす可能性すら秘めています。他人の気持ちをきちんと考えて行動しましょうね。

あー(強調部分:kotoito)。ここは当たっているかもしれません。

あなたの煩悩度は60パワー 。一般人レベルです。

人間が生きていく上で、煩悩や欲はある程度必要なものなので

これくらいは丁度良いでしょう。オタクとしては少ないかも?

そりゃそうでしょう。

あなたの潜在能力は44パワー 。オタクにはなれません。

あなたの潜在能力はかなり低い数値です。今はマンガやアニメが好きだったとしても、年を重ねるにしたがって興味は薄れてくるでしょう。

それでいいのです。きっと一般社会の方が楽しいですよ。

いや、わたしはオタクだと思ってるし、思われてると思います。

コミケを軸にオタクを判定しようとすると鉄とか空とか軍とかそのあたりが弾かれる気がするのは気のせいでしょうか。ところでなぜ車はオタクじゃない?(という問いをするのがオタクの証拠)。ちなみに同じサイトであなたの10年後は・・?もやってみたんですが、10年後は「中ちゃん」だそうです。誰? まさか中畑木材? ないか。それは。

世界史の歩き方 第一回構想草案”North Wind” phase.1

というわけで、長らく溜め込んできた構想を徐々にはじめてみようというわけ。

はじめは銀の流れを追って全世界的なネタを提供しようと思っていたが、あまりに膨大な文献数になってこちらの道案内を相当に固定的にしないと書きにくい。そうすると自由さが失われてしまって面白くないので、断念。このネタはもう少し温めることにした。

で、第一回はテーマを固定せず、きわめて抽象的なものとして「北」を扱ってみようと思う。「北」という名の地域はこれまで辺境扱いされてきたわけだが、近年に至って境域を重視する立場から、きわめて活発な議論が展開されるようになっている。そこでこれを使ってみようというわけだ。

北方は雪に閉ざされた世界であるという我々の意識は、半分くらい正しい。近世の「北」はシベリア横断の厳しさを想像するまでもなく、厳寒と豪雪に閉ざされた世界である。しかし果たしていつでもそうだったかというとそうではない。幸運なことに我々は今、気候史の成果を手にすることができるのだ。13世紀から16世紀くらいの幅をとり、京都を出発し、北まわりに西進し、リガを経て、ケルンに至る道を想定してみたいと思う。一つ場面を移すごとに50年くらいずつ時代を遅らせてみようと思う。

はじまりは1250年前後の京都。使庁の手で捕らえられた悪党が、鎌倉、多賀城、外が浜を経て、渡島まで流されてゆく過程をまず追う。続いて、大都を発し、北東に進んだ大元ウルスのアイヌ征討軍にしたがってみよう。その後いったん上都まで帰還し、北方を視野にいれつつオアシス地帯を西へ向かい、ウラディーミルを目指そう……。しかしたどり着くことなく東北へと時空を飛び、シベリア・カン国に居を定め、その興亡に北辺にある意味を見つめたい。一応ここまで論文ネタはそろっているが、少々南より。まぁしょうがないのかな。さらに精査の必要有。最後のネタはやや時代を下るが「北の十字軍」を取り入れたいなと考える。なんとかして場をつないで、リガまで行かなければならない。もちろん前後の脈絡はないが、並べてみると意外とおもしろそうな気がする。

特にこともなく

  • 某ソフトの作成。完成を急かされ、バグ多発のままとりあえずコンパイルするもgmakeに失敗。なぜこんなものに失敗するのか不明。返々も口惜しく。
  • Namazuのヴァージョンアップを図るも若干の不手際のため、これまた失敗。serch-sでのインデックス作成まで失敗するとはどういうことか? ……まさかパスが通っていない? というわけで当サイトの全文検索は現在動きません。
  • 寒風の一日。

藤木久志『雑兵たちの戦場』

戦争があるから荒廃がおき,飢饉が起こるのではない.まず飢饉があった.そして飢え死しないために,生きるために,人々は戦争に身を投げ打っていった.歴史のなかに浮かび上がる戦争の常態とは,日本にかかわらず生計としての戦争であったのだ.

「餓え」という観点から見るとき,気候変動は,本書の場合の17世紀の気候的変動は,13世紀のそれと並んで非常に重要なのであった.ヨーロッパ史の文脈からいえば「17世紀の全般的危機」の諸相の一部にこの気候変動があったことは疑い得ない.本書のすばらしいところは,そのような餓えにあたって人々がどのように動き,そして社会がどのように変動してゆくかということを微視的な点から明らかにしたことにある.そこにこの歴史書が,単なる歴史学書を越えた意味を持つのである.

戦争,特に総力戦に人災の面が大きいことは否めないし,戦争を憎むことも重要である.しかしながら歴史上全ての戦争の原因を人災に帰するとしたら,それは自然の軽視であり,人々の「生」への欲求の軽視であり,傲慢であろう。戦争の原因が飢饉であり,口減らしとしての戦争が充分な役割を果たしたとき,戦争の原因は取り除かれるのだ.全ての社会・人文に心を寄せる人々に勧める.

なお,2005年に上記の新版が選書として刊行されている。

共同体と絆

  • 共同体とは、村を基準とした強固な「絆」の集合体という観念がなんとなく先行してしまう。しかしながら日本の近世村が、全国的に展開する職能共同体から、「町村制」下の地縁共同体への移行の結果成立したものとおもうと、先の観念は一方的に信じてはいけないものかもしれない。
  • イスラーム史においては、コーランに権力が由来することに応じて、統治者の公権力としての自覚は非常に強烈である。しかしながら公共事業(たとえば橋や道、水利施設)を執行することが実際に政治権力の仕事と認識される、このことが統治者の公権力自覚の一つのバロメータとして考えると「公」の担い手がどこにあるか、よりはっきりする気がする。イスラーム史においては、公共建造物はワクフ財というきわめて特異な形態をとることがおおく、比較を著しく困難にしているかもしれない。なお、公共事業を担うということに公権力の目覚めをみるならば、それは日本やヨーロッパでは中世末期、中国に至っては人民共和国期である。そして「公」が被統治より統治の側により多く担われているとき、国家はより国家らしくなる。そこに国家の本質がある。