特にこともなく

  • 三田ITCのメールシステムが変更され、POP before SMTPが利用できるようになる。これでreply toフィールドとfromフィールドが異なっていたおかしな事態から解放される。
  • なお上記に伴って、慶應義塾三田ITCのサーバが三月二十四日の日曜日午前九時から二十五日午前九時の間停止するので、このサイトも接続不能となる。
  • 書くのを忘れていたが先週金曜日に日本フィルの定期演奏会にいってきた。シベリウスの二番は聞きなれているが、ネーメ・ヤルヴィの指揮による今回はなかなかの出来。コンサートマスターが二人そろうという珍しい状況で弦が最後まで死ななかったのが、大きい。新楽季の幕開けにふさわしい演奏会であった。
  • 例によって例のごとく夜に至って破壊衝動モードに突入。ゴミ箱を蹴っ飛ばしたはいいものの、なんだかかわいそうなので、ごめんねと謝ってしまった。

Namazuとunicode

【第305回】 GoogleとUnicode(2001年10月14日)で触れたが、Namazuの最大の弱点はunicodeを扱えないことであろう。日本語の形態素要素分析まで行えることがNamazuのウリなわけだから、外国語を完璧に扱える必要はない。中国語を扱ったりする場合は、KakashiやChasenじゃない分かち書きのシステムが必要だろう。しかし単語の区切りでスペースを使用する言語や、日本語は扱えてしかるべきである。特にUnicodeはXMLにおいて標準だし、Microsoft Office文書もXMLを使用する以上、unicode対応は必須だろう。文字としてunicodeを扱えるということと、他言語の検索システムとして利用できるという真のi18nとは別のことである。perlも5.6から、正式にunicodeに対応したことであるし、そろそろ文字レヴェルでは対応して欲しいのである。とっくにこんなことは議論されているとは思うが。

まだペルシア語だけで一ファイル作ったりはしないが、文書の一部でアラビア語やペルシア語を使うことは充分あり得るし、すでにそのようなコンテンツもある。アラビア語やペルシア語の部分はとりあえずおいておいて良いので、日本語の部分だけでも検索できるようにしてほしい(実はサーバのコンテンテトネゴシエーションをつかえば何とかなるのだけれど、なんか無常を感じる)。そうしたらほとんどのコンテンツはUTF-8で作ってしまうつもりである。たとえば「トウショウヘイ」のトウの字はMS-IMEではすぐに出てくるが、Shidt_JisやEUC-JP、ISO-2022-jpでは定義されていないので、現在の掲示板などで使ったりすると不正なのである。しかし掲示板の文字コードまで考えて投稿するような人はいないであろう。そのようなことを考えるとUTF-8で統一してしまいたいのである。Namazuさえ対応してくれれば。……ってもしかしてfilterで可能?

そういえばいつの間にかgoogleもunicodeに対応していたらしくきちんとヒットする。

本サイトのCGIまわり

改装終了

改装が終了した。ナヴィゲーションを消滅させたのは日記で示した通り、HTMLのBODY要素内はなるべく本文以外のものをいれないようにするという方針に従ったためである。ところでなぜlink要素にaccesskey属性がないのだろうか? もしリンクナヴィゲーションはUAが解決すべきと考えられているなら、とっとと実装をしてほしい。

YY-BOARD過去ログのHTML化

いろいろやっているうちに、これまで改造しながら導入してきたさまざまなCGIが私がStrict化するうちに、perlとしてははなはだ美しくない代物、スパゲティプログラムと化していることを痛感した。スタイルシートもカオスと化しているので、そちらを済ませてからCGIの方も新規変数などを導入してエレガントなものにしていく予定。

ただ直すだけでは面白くないので、T-BookmarkやYY-BORDは表示はなるべくHTML文書として出力するようにしたいと考えた。うちみたいな弱小サイトは全然関係ないが、CGIでそのたびに出力しているとサーバに負担がかかるし、動的コンテンツのためにGoogleをはじめとしたロボットの拾い方も不正確になる。そしてなにより、Namazuのような全文検索で引っかからなくなる。インターネットという場の性質を考えると、掲示板などでなされた議論やリンク集の紹介文も検索できたほうがいいに決まっている(私自身が使いたい)。そのためには、掲示板のログが更新されるたびにHTMLを更新するようにし、過去ログもHTMLとしてValidなものを出力できるようにすれば良いだけである。つまり、読むだけならCGIを使わない書評掲示板のような形にすればよいということだ。掲示板の場合、書評掲示板のように一冊ずつに分ける必要がないので、書評掲示板に比べればずっとシンプルになるだろう。Namazuでのサイト一括の全文検索で掲示板の過去ログまで読めるなら、それくらいはしてもよいと思っている。しかしルーチンまでいじり出すといよいよYY-BOARDとはかけ離れてゆく(笑)

バイアと主権と公益と phase.1

バイアの淵源

イスラーム史上、支配者は「バイア」によって権力を付与され、王権の行使権限を得てきた。現在でも君主制をとるイスラーム諸国(サウディアラビア、湾岸諸国、マレーシア諸首長国、ブルネイ、ヨルダン、モロッコ)でも君主の即位時に「バイア」を行っている。

では、バイアとは何か。イスラーム法上、バイアはムハンマドが当時の共同体から首長権を得た時、アブー・バクルら教友らによって冊立されたことに由来し、正当な統治権獲得に必要な儀式である。統治権は、イスラーム共同体(ウンマ)から支配者が委任されて行使するものなのであり、「バイア」はその委任を表明する儀式である。歴代正統カリフはバイアを行っているし、史上の各王朝でも支配圏域内のウラマーや民衆の代表によってバイアを行ってきた。これはイスラーム法上の「イジュマー」(合意)の一つと考えられる。イスラーム共同体内において法的効力を要する支配権の行使にはイジュマーが必要である。すなわちカリフが権限をもつのはイスラーム共同体の合意=イジュマーによって正当化された「信徒の長」(アミール・アル・ムゥミニーン)であるからこそなのである。

このことは血統原理にもとづく王朝(ダウラ)観念としばしば対立するであろうことは、想像に難くない。ウマイヤ朝の最初期、ムアーウィヤから息子ヤズィードにカリフ位が移ったことはスンナ派とシーア派にわかれるそもそもの淵源である。しかしながら王朝は血統原理に基づきつつもバイアを捨てることはしなかった。手続き上君主はイスラーム共同体から統治権を委任されているにすぎないからである。たとえ現実的には血統原理に基づく権限の継承であったとしても、手続き的にはバイアを行うことによって、継承のたびにイスラーム共同体から支配権行使の委任をうけ、イスラーム法上の正統の支配者と見なしてきたのである(現代日本の二世議員も形からいえば同じ)。

イスラーム政治思想上の主権

イスラーム法上、主権(と考えられるような権能)は神に存する。これは絶対に見誤ってはいけない点である。では、統治権はなにに由来するのか。イスラームはこの点に関し、我々から見れば面倒ともいえるような言語操作を行っている。

まず、主権は神に存する。神の意思は人間には不可知である。人間に与えられた神の意思に関わる手がかりは啓典である。啓典はすなわちシャリーア(法)である。ゆえに神の意思は法に体現される。

法は解釈され、執行されねばならない。人間にあるのはその権限、すなわち解釈権と執行権である。ここで気をつけねばならないのは、この文脈において「人間」とは統治者個人をはじめとする個人ではなく、イスラーム共同体という集団であるということである。主権行使権はイスラーム法においてイスラーム共同体に存する。

さらにその後に、「バイア」によって初めて統治権がイスラーム共同体から特定個人に渡ることになるのである。統治の正当性がイスラーム法とイスラーム共同体によって二重に担保されていると同時に、統治権は二重の制限をうけているのである。

一般的な主権論

以下、杉田敦『権力』(思考のフロンティア)岩波書店,2000にしたがってまとめてみる。

ジャン・ボダンによって定式化された主権論(本人がそれを意図していたかどうかは別として)は、中世キリスト教モデルを発展させることで成立している部分がある。これについてシュミットは『政治神学』で、主権の絶対性と神を関係付ける議論がきわめて広く行われたということ、神と主権者の類似性について論じられていたということを強調している。実際に歴史学的にもマルセル・パコーの『テオクラシー』(神権政治)が描く至高の教皇権は、抗弁不能の絶対性無謬の権力であり、これと主権の関連性は疑ってみてもいいように思う。

そして教会から世俗へと場を移した権力のモデルは、王権神授説として結実することになった。王権神授説によって最終決定権力を握る王の支配の正当性は、神に結縁され、最終審級の権力となったのである。これが主権である。そして時代を下り、神学的な説明がもはや充分な価値をもてなくなると、主権は今度はホッブズが展開するような契約論に結縁されることになる。有名な「万人の万人に対する闘争」という自然状態からの脱却として、個々の主体は主体的権利を委譲し、権力の中心を生み出した。それが主権であるという議論である。ここで主権は具体的人格性を捨て去りartificial humanあるいはdeus ex machinaとなった。

さらに近代に至って主権は民衆に渡る。一応の領域内に限定されるとはいえ民衆は匿名の多数である。したがって主権の体現者はいなくなった。しかしあくまで絶対的な権限としての主権、無謬なる主権は、その保持者を転変させながらも神も王もいない世界で、生き残ったのである。以上が主権論の概要である(超端折りまくり)。

ここから派生する議論はいろいろある。たとえば絶対王政の主権論は歴史的には一円支配を目指す王や領邦君主の道具であったし、それに反対する中間的な貴族や都市の主張する多元的な権力論は、やや様相を変えながらも現代の自由主義の権力論にうけつがれている。

次回予告

比較の視点の導入は、主権論の見取り図を紡錘形として示した。頂点にある神から、王へ、王から民衆へと下降してゆく権力。その一方に神から共同体に降り、そして権力の委任というべつの方向のベクトルをもつ社会もあった。

ことなる文脈と論理、その中で、奇妙なまでに同じような論理で抵抗権は封じられてゆく。ホッブスとマーワルディーそしてフーコーを論じる次回「バイアと主権と公益と」phase2をお楽しみに。

卒論ネタきめる

卒論ネタがだいたい決まった。イラン立憲革命における「アダーラト・ハーネ(公正の家)」をめぐる公正論、である。このネタではすでにいくつか先行研究があるが、より比較政治思想史的な分析を加えて書いていきたいと思う。というわけでメモ。シーア派十二イマーム派のイランとはいえ、イスラーム法思想、政治思想上の歴史を無視して十二イマーム派のみに限定するのはおもしろくないし、そもそも比較的な観点なくしはその異質性も同質性も認識することができない。という言い訳で、スンナ派の統治論と「一般的」な主権論、権力論についてまとめ。第一回。バイア。昔の話をするのであるからとりあえずホメイニーの「ヴェラーヤテ・ファギー(法学者の統治)」論などは無視。

基本多言語面を越えて

妖精現実 フェアリアル-基本多言語面を越えて: 古代イタリア文字。Unicodeネタは私をひっぱりこみやすいが、古代イタリア文字のフォントをついついダウンロードしてしまったのは、自分としてもやりすぎだとおもう。ところでunicodeでの西夏文字の扱いってどうなるんでしたっけ? とおもって調べてみたらWritten characters of the worldなるサイトでunicodeに設定なしとされている。ほかの言語についてみるとBMPしか考えていないような気もするのでまだ結論は出せず。ちなみに西夏文字は今昔文字鏡にも載っているし、東京外大AA研でTrue Typeフォントの制作も行われている。で、結局unicodeではどうなんだろう。

特にこともなく

追試を境に健康「的」な生活を送っているが、花粉のせいで「健康」ではない。おだやかな陽気がうらめしいというのはなんたることか。鼻炎用の薬というのは鼻の奥がひりひりするくらいまで乾かしてくれる。鼻水に悩まされるよりはましであるが、それ以上ではないのだ。

明日よりようやく図書館再開。

大塚和夫, 小杉泰, 小松久雄, 東長靖, 羽田正, 山内昌之編『岩波イスラーム辞典』

岩波書店から大塚和夫・小杉泰・小松久雄・東長靖・羽田正・山内昌之編集『岩波イスラーム辞典』が刊行された。平凡社『イスラム事典』から20年。現在、イスラーム研究の最先端を走る諸氏の編集になるもので、さっそく手にいれた。以下、一読してみての感想。

  • ウリの一つであるが、たしかに近現代に強い。現代の組織・政党、人名はかなり綿密にあげてある。特に現代政治は「イスラム事典」では刊行年から当然湾岸戦争さえも含まれないわけで、我々はこの分野にかかわる事典をはじめて手にしたといってよい。
  • 概念的な項目が非常に充実している。思想史や法学・モラルエコノミーの関連項目は、現代とのつながりも説明しており、「イスラム事典」と比べても大変詳しい。
  • 非アラブ圏への目の配り方が細やかである。特に中央アジアは非常に充実している。非イスラーム世界におけるムスリムについての記事がある。
  • 意外に建築史・美術史、特に陶器とモスク建築に関して詳しい。
  • 表記・転写法が比較的厳密である。
  • 前近代の歴史的な事件についての項目は、かなり端折ってある感じがする。
  • 各記事末尾の参照項目や索引については不備が目立つ。関連項目でも違う執筆者の場合、参照が設定されていないことがあるし、巻末索引は項目一覧にすこし足したもの、という感じである。よって「読む」にはあまり向いていない。
  • 高い。需要を考えればこの程度かもしれないが、おなじ岩波の「現代中国事典」が1457ページで6600円であることを考えると、1257ページで7500円は少々考えものである。装丁はきれいだが。

総じて、もっておいて損はない辞典という感じである。ただし短所もないわけではないとおもうので「イスラム事典」と併せて参照(特に歴史の分野での工具としての使い勝手からいえば、少々ものたりない)というスタイルが推奨される。

「イスラム事典」がイスラーム史の事典としての面が顕著であったとすれば、「岩波イスラーム辞典」は地域研究としての側面が強いといってよいだろう。と書いた端からメールが来て、平凡社「イスラム事典」の全面増補改訂版「新イスラム事典」が3月11日に発売とのこと。

東京駅及び周辺の整備計画について

東京駅及び周辺の整備計画について

JR東日本は、東京駅及び周辺の整備として、

  • 東京駅丸の内駅舎を創建当時の姿(3階建て)に復元します。
  • 丸の内駅舎の前面中央部を、駅舎と一体となった広場として再整備します。
  • 鉄道会館ビルの撤去により八重洲駅前広場を再整備し、ツインタワーを建設します。

これらにより、首都東京の中央駅にふさわしい「顔」づくりを行うとともに、駅前広場機能の質的向上にも貢献いたします。

東京が「東京」になる。新丸ビルの建設計画から活性化した丸の内再構築の波は、ついに八重洲へと及ぶ。八重洲側は本当にパッとしなかった。進展が楽しみである。

CNN.com – U.S. journalist Daniel Pearl is dead, officials confirm – February 22, 2002

CNN.com – U.S. journalist Daniel Pearl is dead, officials confirm – February 22, 2002。パール記者が殺害されていたことが確認された。ヴィデオテープが送りつけられ、処刑の場面も不鮮明ながら入っていたと言う。

ジャーナリストの殺害の持つ意味は、イスラーム政治論的にどのように解釈するのか。聞くべきは神の言葉のみなのか。だれかそういう議論を展開していないかな。

font-family on CSS

CSSにはfont-familyというプロパティがある。たとえば以下のように指定する。

p{font-family: "Times New Roman", Times, "MS P明朝", "MS 明朝", serif;}

この場合、UAは、font-familyにあげられたフォントを一番目から適用し、そのフォントが存在しなければ、順次次のフォントを適用することが求められている。またもしフォントが存在しても、その字形に適用すべきフォントがなければ、次のフォントを使用することが求められている。上記の例で日本語英語混在の文章の場合は、英語ではTimes New Romanがまず適用され、日本語ではTimes New Roman、Timesに日本語のフォントは含まれないためMS P明朝がまず適用されるフォントということになる。

一太郎やWORDなどで欧文と日本語で別のフォントを指定するようなシステムはCSSではこのようにして実現する。しかるにInternet Explorerでは、最初のフォントがなければ、デフォルトのフォントを適用してしまう。つまり上記の例では、デフォルトのフォントにMS Pゴシックが指定されていれば、それが適用されるということである。私自身は非常に迷惑しているわけだが、このルールはCSS2で明文化されたので、CSS1フルサポートをうたっているにすぎないInternet Explorerをあまり強く責められない。Mozillaは正しい実装をしているのだが……。

追試

  • 風弱く快晴。温暖。
  • あきらかに花粉症の症状が出始める。いやな季節である。
  • 追試で三田にいった。東門をのぼったあたりの桜が咲いている。あれは八重桜だっただろうか?
  • 追試は三科目連続。さすがに疲れた。