アントニー・ビーヴァー(川上洸訳)『ベルリン陥落 1945』

独ソ戦史.あいかわらずスターリンもヒトラーも狂乱状態だが,今作でもっとも注目されるのはソ連軍の軍紀弛緩の度合いである.これはよく知られていることだが「解放軍」たるソ連軍は進出する先々で婦女暴行を働いている.ソ連はドイツ軍の侵攻で軍民ともに甚大な被害を出しており,その報復が主因であったと説明される.本書ではドイツ人だけではなく,ドイツによって連行されたソ連邦女性やユダヤ人女性が解放された途端にソ連兵のレイプされていたことを数々の一次史料を用いて詳述し,戦場の極限的情況における性衝動を指摘している.

もちろんこの極限的情況を悪化させたのは赤軍司令部である.伝統的に兵を完全に消耗品と考えていたし,そのうえスターリンは米英軍がベルリンを先取し独軍と合流してソ連軍に攻撃をしかけてくるという妄想からベルリン攻略を是が非でも急がせ,膨大の兵の損耗を招く突撃を繰り返させた.チャーチルは事実ベルリン先取をもくろんでいたがローズヴェルトをはじめアメリカはソ連の歓心を買うことに汲々とし急速の進撃を拒否している.結果としてドイツ東部から現ポーランドにかけてはソ連軍の暴虐的占領にさらされたのである.

第二次世界大戦は総力戦であった.戦場も銃後もあったものではない.それでも人口周密な非戦闘員居住地における戦闘は悲劇である.この悲劇性の度合いは軍紀の厳正さに強く依存する.人間の想像力の基本,相手に対する自分の振るまいが相手にはどう映るか,換言すれば自分がしようとすることが自分にされたらどう感じるか.これが侵攻ドイツ軍には欠けていた.反撃するソ連軍は復讐の衝動を抑えることができなかった.それ以上に軍紀の何たるかも理解していなかった.結果として三十年戦争当時と何も変わらない戦場の悲劇を生じたのである.ここから考えられるのは,戦争が好ましいものではないという意識と同時に,戦争が起こったときの軍紀をいかに維持するか,衝動的行動をいかに抑えるかという教育の重要性である.ひとたび戦争がおこれば,戦前の正規軍だけで戦争を遂行することはない.平和を考え戦争に反対していた人でも戦場に投入されると衝動的行動を抑えられないのは数々の記録が証明している.自分が戦場に置かれたときどれだけ遵法的に振る舞えるかを教育するのは重要なことであろうと思う.日本本土は陸上戦を免れた.この幸運さの理解なくしては中国戦線,沖縄戦,朝鮮戦争へのまなざしはゆがんだものになるのではないだろうか.

ところで歴史をやってる立場から見ると地図が10近く入っているだけで親切な本という印象だが,こちら方面に詳しい人に言わせると軍事地図として失格らしい.

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