鈴木真哉『戦国鉄砲・傭兵隊―天下人に逆らった紀州雑賀衆』

戦国期の雑賀衆を論じたまっとうな本。史料もきちんと使っており、ビブリオグラフィも整備されている。いっそ注がついていないのがもったいないと思うくらい。残念なことに新書の悪い癖で題名が適切でない。

著者の言うとおり雑賀衆を扱う専論はあまりなくて、理解がやや俗説に近いところにとどまってしまっていた観はある。たとえば本 願寺との関係がそれで、雑賀衆はかならずしも護法の立場にたって一貫して戦国期を戦ったわけではないという指摘がなされる。実際、鈴木孫一は後年は豊臣氏についている。これは雑賀衆内部での社会結合のあり方や雑賀惣中を構成する五郷間の関係性も影響しているようである。

一読した限りでは、研究はまだ緒についたばかりで、鉄砲がどのようにして移入されたかなどはまだ考察の余地があろう。さらに根来衆と雑賀衆の関係も問題で、そもそも根来衆は根来寺衆徒である。近年まで両者を同一視する議論がたえないが、根来寺は新義真言宗であって浄土真宗ではない。著者の目はこのあたりにも行き渡っており好感がもてる。ただ願わくば新書ばかりでなく専論ないしは雑誌論文を書いて欲しい。

古川貞雄, 井原今朝男, 小平千文, 福島正樹, 青木歳幸『長野県の歴史』

室町期がよく書けている.あまりに些末でごちゃごちゃとしている時代だが,中世から近世への転換期の萌芽といわれる15世紀半ばを無視するかどうかで地方史概説の価値は決定的に変化する.

本書はただでさえ複雑なこの時期を信濃という小盆地分立の地域について外部との交流も含めて描き出すことに成功している.これまで読んできた県史の中でも中世史はかなり良い出来映えだ.

近世はやや記述が南に偏っている感.その分,中馬などに詳しいが,やはり『街道の日本史』に一歩譲る.その意味からはむしろ各藩政治史を詳述しても良かったのではないか.近代はもちろん蚕業を中心とするが,やや赤いのが難点.

須藤眞志『真珠湾<奇襲>論争― 陰謀説・通告遅延・開戦外交』

やたらと繰り返される真珠湾がローズヴェルトの陰謀によるという陰謀史観をただす書。すでに陰謀説はほぼ退けられてはいるが入門書など書店の棚を賑わすのは陰謀史観本ばかりだった。本書のように平易で説得的な書物の登場によって陰謀史観がこれ以上幅を利かせなくなることを望む。

ところで著者は鋭い指摘をしている。陰謀説はアメリカ側・日本側双方で人気があり、しかも響きあっているというのである。アメリカ側ではローズヴェルトの陰謀の犠牲となったアメリカ人、という視点から民主党を退役軍人会や共和党が攻撃するために、そして日本側では真珠湾はアメリカに炊きつけられたもので国際法違反ではない、だから日本に責任はないといった免責論のためなどが陰謀説の奥にある願望であるという。

著者の結論では、真珠湾は山本提督の大博打の勝利、しかし国際法違反、というものである。きわめて明快かつ史料的にも納得できる。ともすると太平洋戦争にかかわる議論はどのような立場からのものでも都合のよい史料ばかりが持ち出され、その中の都合のよい部分だけが引用されがちである。そのような立場を拒絶する著者のありようは立派である。

田村由美『BASARA』(全27巻)

実はBASARAはこれまで何回かアタックしていたのだが絵柄と登場人物の名前がどうにもなじめず1巻を最後まで読むことが出来ないでいた.今回はスッとはいることができた.話としては「天は赤い河のほとり」にやや近い.ただし完成度は「天は」に一歩譲るように思える.

朱理=赤の王,更紗=タタラが双方に認識されるまではあまりにひっぱりすぎだし,逆に認識した後,恋人は宿敵という文学上ポピュラーな主題における双方の葛藤の描き込みは足りない.また圧制者たる国王がなぜ圧制者たらざるをえないかがよくわからない.敵方にも事情があるはずで(夜郎組で表現しているがとても足りない).いかにして悪の立場に立ったのか.それを単なる悪者ですませてしまっているのは惜しい.

ジャック・ル=リデー(田口晃, 板橋拓己訳)『中欧論―帝国からEUへ』

「中欧」をめぐる言説史.文学や論説から思想変遷を追うので実際の政策はあまり関係ない.やや高踏的な印象を受けた.クセジュらしいといえばクセジュらしい.

黒羽清隆『太平洋戦争の歴史』

原著はもう20年近く前になるが,改めて読むと非常に良い本である.新史料の発掘で揺れ動く細部にはあまり立ち入らず,確定した事実を歴史として描き出す堅実な手法をとる.文がすばらしい.戦争まわりの書物はどうにもイデオロギー性の強い書物になりがちだが,本書は通史として冷静な視角,しかし広い視角が社会全体に注がれており,信頼に値する.