浪川健治編『下北・渡島と津軽海峡』

良書。特に下北に詳しい。中央から見下ろす地方史だけでなく、北からの日本史の立場の克服をも目指す意欲作。ただし上北については特に近世以前では『青森県の歴史』のほうが詳しいかも知れない。

奥村晴彦『[改訂第3版]LaTeX2e美文書作成入門』

秀逸。何カ所か誤植もあるが、dvipdfmxやotfパッケージなどの解説が実に詳しくなっていて、pdfとの連携がいっそう容易になり、かつフォント 廻りの知識も得られる。多言語処理についても付録一章がついている。今年以降のスタンダードはこれでしょ。もはやAnother Manualからインストールするのは古いかと。

永井秀夫編『近代日本と北海道――「開拓」をめぐる虚像と実像』

論集である。

中村英重「岐阜県と北海道移住」は、北海道移民の移出元について市町村レヴェルまで遡って分析した研究。県下一円平均的に移民が発生するわけではなく、移出元は集中する傾向がある。移住史が移出先のみに着目している段階から移出元の事情まで詳細に分析する段階に入ったことを示す。もとより北海道移民は世界史的にも非常に規模の大きい移民であり、研究の意義も多大である。

ほかに注目論文としてはキリスト者坂本直寛の思想を追い直した金田隆一「北海道における坂本直寛の思想と行動」と一般に忘れ去られがちな近代に導入されたロシア民具の一つである橇の変容を論じる関秀志「外来民具の導入とその改良・普及について――ロシア型橇を中心に――」などがある。

伴野昭人『北海道開発局とは何か―GHQ占領下における「二重行政」の始まり』

北海道には二人の知事がいた、といわれる。それが北海道開発局長と北海道知事である。戦前の北海道は内務省の直接管理下、北海道長官によって全ての事務が行われている。たとえば開発拓務など内地では農林省に属することがらなどである。戦後、北海道知事の民選、北海道の地方公共団体化により、にわかに国家事業としての北海道開発の実施を道庁に全て委任するか、あるいは現地に国の出先機関(北海道開発局)をおくかでもめることになる。政府各部、北海道、GHQの三者を軸に北海道開発局の成立を本書は論ずる。

主要な議論はGHQについては北海道開発庁・北海道開発局の設置には当初反対であったものが、徐々に無関心になってゆくさまとその政治的理由(たとえばいわゆる逆コース)が、北海道については北海道民のための開発を主張する田中革新道政のさまが、政府部内については、台湾朝鮮を失ったいま貴重なフロンティア・内国植民地として北海道を考え国による一括行政を志向する旧内務省勢力、全国一括開発をもくろむ農林省のありさまが描かれる。これはまさに北海道の『敗北を抱きしめて』であり、1940年体制が省庁再編によって崩壊した今、北海道開発局の設置が現在の北海道にいかなる影響を与えたのかを考えるよい機会となるであろう。

しかし問題がないわけではない。著者が元道新記者であるので、道新臭はおさえられない。北海道開発局設置問題と地方自治における憲法95条問題との関わりを最重視している点がそれである。そして無理矢理広島、沖縄と結びつけるのはどう考えてもやりすぎである。当時憲法95条問題が重要であったのは了解できる。しかし現在我々が論ずるべきは、果たして国家による北海道一括開発企画・執行が、経済的に成功だったのか、失敗だったのかを論ずることであって、原則論的な憲法問題に戻ることではないだろう。

田端宏, 桑原真人, 船津功, 関口明『北海道の歴史』

先史から2000年にいたる北海道の通史。意外に私はこれまで北海道の通史を読んでいない。おそらく現状で読めるもっとも良い通史であろう。私は考古学的成果には基本的に興味を持てないので、やはり安東氏以降と近代が面白かった。ただあまり厚い通史ではないので、個々の問題についての掘り下げは不足の感がある。近代については『北海道の百年』が参考になろうが、それ以前となるとどうであろうか?

伊藤喜良『東国の南北朝動乱―北畠親房と国人』

従来から南北朝動乱当初は武家方の基盤が東にあり、宮方の基盤が西にあるという状況が、中期以降逆転することが指摘されていた。にもかかわらず、東国の南北朝についてはあまり読みやすい概説がなかったと思う。

本書は副題通り、国人たちが惣領制から一族一揆への変容をしてゆき現実的打算を重視していく過程と、この過程を北畠親房が完全に見誤っていた点に最も重点がおかれる。とはいえ、吉野と比較すれば親房はより革新的であったが、なお国人らに及ばなかったことも説かれる。これに関連して藤氏一揆を説明しているのは説得的である。また鎌倉府の成立に関する基本的な議論と知見も得られる。