三浦展『「家族」と「幸福」の戦後史――郊外の夢と現実』

住志向の史的展開を社会学の立場から追う。郊外型の住志向というあり方を、アメリカと日本でリンクさせながら読み解いてゆく手法は鮮やかだ。そして「郊外」こそが、戦後のあこがれと病理をともに象徴しているという結論は、きわめて説得的である。現在の都心回帰の流れはまったくもって終章「郊外を越えて」が説くところと一致するであろう。

偽物の都心とはりぼての郊外という二項対立の「戦後型進歩的」構図は崩れ、その構図の上に立った強力な「思いこませ」の機能さえも、いままさに崩れようとしている。今後のトレンドを読むためにも近代を知ることは重要である。ニューヨーク万博とオリンピックに始まった時代は、バブルとともに崩壊したのだ。必読。

本村凌二『ローマ人の愛と性』

有名なポンペイ落書をはじめとする、考古学的資料から表題を読み解いていこうとする意欲書。現代人はともすると「どの地域でも、どの時代のひとびとも、似たような倫理観と似たような志向をもつ」と思いがちだ。そんな思いこみを本書は吹っ飛ばしてくれる。本村らしくエピソードの紹介も魅力的だ。1時間程度の暇つぶしには最適。

来新夏(岩崎富久男訳)『中国軍閥の興亡―その形成発展と盛衰滅亡』

中国近代史の中でも清朝滅亡後はどうしても国民党や共産党に目が向き、主要勢力であった軍閥関係の資料は日本語ではなかなか手に入らない。

本書は軍閥関係の日本語書物としては、古いながらも唯一に近い書物であろう。記述は非常に「革命的」であるが、奉直戦争などの事実関係を整理するには有用であると思われる。

なお著者以上に訳者が左よりと思える。

小西誠, 野枝栄『公安警察の犯罪―新左翼『壊滅作戦』の検証』

公安警察はここまでやっていたのか、と考えると同時に、ほうっておいても滅びる新左翼なのだから相手にしてくれるだけまし、とも考える。世の中ひまな人が多い実例。

西園寺一晃『鄧頴超――妻として同志として』

周恩来ものをよみあさっている一時期があった。本書を読んだのもその時である。

とにかく、この夫婦はすごい。なにしろ生活時間が全然違ううえに、周恩来は超多忙。なのに鄧穎超が倒れたとき、周は本当に狼狽し、何も出来なくなるほど心配したという。本当にきちんとした夫婦だったのだろう。本書ではいままで聞いたことのないような史料も明らかにしながら、周恩来夫婦の歴史を辿る。一方で、仕事と結婚というテーマからも考えさせられる伝記である。

若林恵子,井上憲一『セクハラ完全マニュアル』

一瞬セクハラするためのマニュアルに見えるがもちろん防止用のマニュアルである。こんなことまでセクハラになるのかと、思った。被害者になったときのため、あるいは加害者にならないために読んでおく意味はあるだろう。とにかくハラスメントそのものについて一度考え直しておくことは重要だ。

難点は社会批評社の書物に共通するまるでワープロで打ったものを印刷したかのような写植の汚さとワードラップの無い組版である。ちなみに男が女にするだけがセクハラではないから注意。

アルバカーキー・トリビューン編(広瀬隆訳)『マンハッタン計画―プルトニウム人体実験』

推薦版。マンハッタン計画とはご案内の通り、アメリカで第二次世界大戦中から継続されて行われた、核の軍事利用のためのプロジェクトである。そしてその中で忌まわしいことに人体実験が行われていたのである。

本書はアルバカーキー・トリビューンという地方紙が約10年にわたってエネルギー省をはじめとする政府と戦う傍ら、綿密な調査によって明らかになった事実の報告書である。無用に挑発的でない分、事実の深刻さが浮き彫りになる。

ジャーナリズムのあり方とはかくあるべし、という見本になりうる一書であった。私自身は出版時から興味があったのだが、先送りにしていた。もったいないことをしたと思う。内容に興味がなくとも一読を勧める。

尾形勇, 岸本美緒編『中国史』

推薦版。中国通史の新しい版。新しい知見をふんだんに盛り込んでいる。後漢代の第2耕地の衰退や明代の沿海貿易、銀の世界流通などである。しかも全体の量からいって近代が多くなっており、複雑な近代史が、非常に理解しやすい。

また序言で示される中華民族論など初学者にとって歴史を学ぶ意義もおりにふれて教えてくれる点も評価したい。

蘇叔陽(竹内実訳)『人間周恩来―世界に慕われた<大地の子>』

出版年をみていただければわかるとおり、周恩来の没後すぐに出た本である。非常に人民的で、周恩来はまるで神様のようだ。子供向けだそうで、日本でもよくある偉人伝系の書き方といえばわかるだろうか。

私は周恩来は好きだが、ここまで賞賛し、文革での弱さや毛澤東を規制できなかった点などが見落とされるのはいかがなものかと思う。もっとも子供向けの本に、それを求めるのは酷ではあろうが。ある意味、中国的な革命観や統治者観は伺える。人民共和国の建国者にしたところで、やはり王朝の創始者と同様の英雄なのだ。

笠原真澄『サエない女は犯罪である 続』

世の中きれいな人、かわいい子、スタイルのいい人、センスのいい人……案外に結構たくさんいるものである。ところが。一方で確かにさえない女もいっぱいいる。著者が書く知り合いの妹のさえないストーリーは爆笑ものである。これは……さえない女を人間観察して時間つぶしする技術を学ぶために非常に有効な一書である。

野村正樹『ビジネスマン 夜・寝る前15分間の奇跡』

ビジネス系の本。内容的にはうそくささにみちみちた生活術を説いてくれる。うそくさいのだが、同著者による「朝出勤前の奇跡」はきわめて合理的で朝方生活を提唱するなかなかよい本だったのでよんでみた。

が、おもしろくない。だいたいが2ページ程度を夜一章ずつ読め(15分で一章読み終わるから、それが奇蹟につながる)というコンセプト自体がばかばかしい。こんなもの1時間あったらすべて読み終わってしまう。

高橋文利『メディア資本主義―金融・市場のインターネット革命』

おそらく東証でのお立ち台……じゃない、立会場の廃止にかかわる時事出版であろう。著者はジャーナリストなので、インターネット利用にかかわるビジネスの将来像をおおむね網羅して整理している。新聞などから断片的に得た知識を整理するために有効な書であるが、一冊としての価値となるとどうか?

西村清和『電脳遊戯の少年少女たち』

コンピュータ・画面をしようしたゲームをするという行動を「遊び」の哲学から考量する。やたらと難解であり、理解しがたい。しかもその結論というのが空き地や屋外での遊びの復活へ、という復古主義的なのはいただけない。

小嵐九八郎『せつない手紙―こころを伝える綴り方講座』

せつない、というよりは素朴で、少々乱暴な…(と、わたしは感じる)…そういう印象の手紙を書くための本。本当に心を伝える手紙の紹介をしてくれる。ただ妙に素人臭いというか粗野な感じ。好きな人は好きだろうが私は苦手だった。

上坂冬子『我は苦難の道を行く―汪兆銘の真実』全2巻


日本で汪兆銘というと、なぜか「漢奸」論を逆輸入したような印象、すなわち傀儡にすぎず、しかも卑怯な人物という印象がある。

本書はノンフィクションとして汪兆銘の遺族を訪ね、文人政治家としての汪兆銘と当時の中国政治の流れを一つ一つ解き明かしてゆく。題名に示されるとおり汪兆銘は、あくまで反帝国主義の立場に立った上で、日本と和平し自主独立の中国を導こうとしていたという。それは彼がなによりも共産主義を警戒していたからでもある。

本書で示される関ヶ原戦時の真田家ばりの蒋介石との密約――すなわち国民党を二つに割って和平と戦陣の両路をとる――は衝撃的であった。

ただ私はノンフィクション的な文体には反感を覚えてしまうので、読むのがつらかったのも事実である。