小林信彦『現代<死語>ノートII――1979~1999』

昨年の現代死語ノートの続編である。私の年代としてはこちらのほうが圧倒的に知っている言葉が多いので、より楽しめた。なんというおそるべき死語の多さ。毎年毎年新しいことばは生まれ、死んでいくのだということを身をもってしらされる。読んでみるとたしかにいつしか自分が使わなくなっている言葉が多いということに気づかされる。

本書を読むと、ことばは水物であること、そして単語そのものが聞き慣れないからといって、それをすぐに「ことばの乱れ」といってしまう風潮は早計としか思えなくなる。

三浦展『「家族」と「幸福」の戦後史――郊外の夢と現実』

住志向の史的展開を社会学の立場から追う。郊外型の住志向というあり方を、アメリカと日本でリンクさせながら読み解いてゆく手法は鮮やかだ。そして「郊外」こそが、戦後のあこがれと病理をともに象徴しているという結論は、きわめて説得的である。現在の都心回帰の流れはまったくもって終章「郊外を越えて」が説くところと一致するであろう。

偽物の都心とはりぼての郊外という二項対立の「戦後型進歩的」構図は崩れ、その構図の上に立った強力な「思いこませ」の機能さえも、いままさに崩れようとしている。今後のトレンドを読むためにも近代を知ることは重要である。ニューヨーク万博とオリンピックに始まった時代は、バブルとともに崩壊したのだ。必読。

本村凌二『ローマ人の愛と性』

有名なポンペイ落書をはじめとする、考古学的資料から表題を読み解いていこうとする意欲書。現代人はともすると「どの地域でも、どの時代のひとびとも、似たような倫理観と似たような志向をもつ」と思いがちだ。そんな思いこみを本書は吹っ飛ばしてくれる。本村らしくエピソードの紹介も魅力的だ。1時間程度の暇つぶしには最適。

来新夏(岩崎富久男訳)『中国軍閥の興亡―その形成発展と盛衰滅亡』

中国近代史の中でも清朝滅亡後はどうしても国民党や共産党に目が向き、主要勢力であった軍閥関係の資料は日本語ではなかなか手に入らない。

本書は軍閥関係の日本語書物としては、古いながらも唯一に近い書物であろう。記述は非常に「革命的」であるが、奉直戦争などの事実関係を整理するには有用であると思われる。

なお著者以上に訳者が左よりと思える。

小西誠, 野枝栄『公安警察の犯罪―新左翼『壊滅作戦』の検証』

公安警察はここまでやっていたのか、と考えると同時に、ほうっておいても滅びる新左翼なのだから相手にしてくれるだけまし、とも考える。世の中ひまな人が多い実例。

西園寺一晃『鄧頴超――妻として同志として』

周恩来ものをよみあさっている一時期があった。本書を読んだのもその時である。

とにかく、この夫婦はすごい。なにしろ生活時間が全然違ううえに、周恩来は超多忙。なのに鄧穎超が倒れたとき、周は本当に狼狽し、何も出来なくなるほど心配したという。本当にきちんとした夫婦だったのだろう。本書ではいままで聞いたことのないような史料も明らかにしながら、周恩来夫婦の歴史を辿る。一方で、仕事と結婚というテーマからも考えさせられる伝記である。

若林恵子,井上憲一『セクハラ完全マニュアル』

一瞬セクハラするためのマニュアルに見えるがもちろん防止用のマニュアルである。こんなことまでセクハラになるのかと、思った。被害者になったときのため、あるいは加害者にならないために読んでおく意味はあるだろう。とにかくハラスメントそのものについて一度考え直しておくことは重要だ。

難点は社会批評社の書物に共通するまるでワープロで打ったものを印刷したかのような写植の汚さとワードラップの無い組版である。ちなみに男が女にするだけがセクハラではないから注意。

アルバカーキー・トリビューン編(広瀬隆訳)『マンハッタン計画―プルトニウム人体実験』

推薦版。マンハッタン計画とはご案内の通り、アメリカで第二次世界大戦中から継続されて行われた、核の軍事利用のためのプロジェクトである。そしてその中で忌まわしいことに人体実験が行われていたのである。

本書はアルバカーキー・トリビューンという地方紙が約10年にわたってエネルギー省をはじめとする政府と戦う傍ら、綿密な調査によって明らかになった事実の報告書である。無用に挑発的でない分、事実の深刻さが浮き彫りになる。

ジャーナリズムのあり方とはかくあるべし、という見本になりうる一書であった。私自身は出版時から興味があったのだが、先送りにしていた。もったいないことをしたと思う。内容に興味がなくとも一読を勧める。

尾形勇, 岸本美緒編『中国史』

推薦版。中国通史の新しい版。新しい知見をふんだんに盛り込んでいる。後漢代の第2耕地の衰退や明代の沿海貿易、銀の世界流通などである。しかも全体の量からいって近代が多くなっており、複雑な近代史が、非常に理解しやすい。

また序言で示される中華民族論など初学者にとって歴史を学ぶ意義もおりにふれて教えてくれる点も評価したい。